カテゴリー別アーカイブ: 日記・コラム・つぶやき

虹色の不思議

 

虹色のガラス玉は

見る角度で

色々な表情を見せてくれます。

くるりと回転すると

赤。緑。黄。青。紫と変化して

それに

いろんな色を見ると

なんだかちょっとだけ元気になります。

夕立の向こうに虹が現れるとその日が得した気分になって

気持ちもウキウキ

最近

色の持つ力に心のひだが刺激されて少し若返った。

裏と表で違う表情
虹色のペーパーウエイト

春の庭をテレイドスコープで

福寿草を万華鏡で見てみます

春が待ち遠しいこの季節

ツパイ工房前の

土色の庭を見るのも飽きた頃

一番最初に心を踊らせてくれるのが

何と言っても

艶々した光沢のある花の福寿草です。

まだこの季節は八ヶ岳には雪が残っていて

霜が降りる日もあって,せっかく咲いた花が

シワクチャになったりしてあー枯れてしまうかもしれないと

ついつい心配してしまいます。

もうすこし遅く咲いても良かったのになどと

思ったりもします

でも

しばらくすると

しおれていた花が何事も無かったかのように

すくっと元に戻っている姿には驚かされます。

せっかくなので

ツパイ工房の作品で

お客様のリアクションが楽しい

テレイドスコープで福寿草を見たり

梅の花を見たりして

冬の頭を

春の頭に

スイッチ切り替えして見ました。

テレイドスコープのご購入は

iichi

テレイドスコープ

 

あかちゃん葡萄

工房から歩いて数分の場所に

近所の人と葡萄栽培に挑戦中です。

剪定した枝を地面に植えて3年目になり、やっと実が付き始めました。

最初はただの棒で根っこも生えてなかったのですが生命力はすごいもので

地面に刺すだけで3年後には実を付けてしまうのです。

畑は少し高台に位置しているので集落の様子がよく望む事が出来ます。

早朝から田んぼの水周りをしている人や、農作業している人。車を洗車している若い勤め人と

か。工房から垣間見る景色とはひと味も違い、より人の営みを感じる場所でもあります。

 

赤ちゃん葡萄

雪の朝

turara雪が降った朝

窓を開けると

眩しいぐらいの

世界が広がっていました。

今日の仕事はお休みにしたいなー。

思いながら

貧乏性の我が身

庭に出て

来年に向けて薪割りの

仕事をする。

 

 

昭和の面影

 

戦前の面影
池袋近くの古民家

 

 

 

かつて、ここではいろんな硝子の釉薬を研究して

東北から中卒の少年少女達が住み込みで働いた仕事場兼住宅でもありました。

築75年だそうです。

この辺だけは辛うじて空襲から逃れる事が出来た貴重な場所でもあります。

当時の硝子の坩堝が今でも建物の裏に置いてありました。

家の片隅にあった硝子釉薬を溶かすための坩堝
家の片隅にあった硝子釉薬を溶かすための坩堝

 

 

僕が働いていた時の板橋の会社は木造で従業員用の寮は、三畳一間の部屋と4畳半の部屋と6畳の部屋がいくつかありました。住み込みの人も何人かいて、僕もアルバイトの分際で寮に入れてもらっていたのです。

今では、板橋の会社も近代的になり、木造の寮は無くなり会社も近代的に様変わりしてしまいました。

今年は、この築75年の家での新年会に参加して、一晩泊めさせて頂きました。

中庭で遊ぶ子供達を夢見ながらのひとときでした。

 

 

 

 

北海道のクマと八ヶ岳高原ヒュッテの意外な関係

高原ヒュッテのクマさん
高原ヒュッテのクマさん

八ヶ岳高原ヒュッテに入るとすぐに目に付くのがこのクマさんです

階段の周りにも木彫のクマさんがあちらこちらで、お出向かいしてくれます。

階段の手すりにもクマさん
階段の手すりにもクマさん

次の手すりにも

両足で立っているクマさん
両足で立っているクマさん

このクマさんは、大正十年、尾張徳川家十九代当主、徳川善親公(1886~1976)がスイスで

購入してきた置物なのですが

北海道に開拓で入植した旧尾張藩士の生活の糧と思いこのクマの木彫を副業として奨励した

のがきっかけで北海道の代表的なお土産になった原点がまさにこれなのであります。

この建物は

八ヶ岳高原ヒュッテ
八ヶ岳高原ヒュッテ

1934年(昭和9年)徳川善親公(1886~1976)が目白に建てた本邸を

1968年西武百貨店が現地に移築したものであります。

この建物の存在は八ヶ岳に僕が引っ越してきた当時からなんとなくは知っていて

記憶の中でも階段周りのクマが印象的だったのを思い出します。

今年の夏は

この建物の1階の部屋で展示会をしてます。

歴史のある建物とクマに会いに来て下さいね。

 

 

 

 

 

 

 

まな板の鯉と仏様

逃げれない

僕がまだ幼い頃に、葉っぱで手を切った時の感覚を思い出した。スーと皮膚に熱いもの感じたと思い手を見て見たら、細長いたぶんススキの葉かなんかを握りしめていてそれが何かの拍子でスライドしてしまったのだと思う。

午後1時30分

ベットに寝たまま手術室に運ばれた
テレビではよく見るシーンを物心ついて初めての経験であり、
ちょっと未知の部屋の好奇心の方がまだ勝っていた。
手術室に入り看護師さんがお腹を見ないように顔付近にタオルやら血圧の機械とか段々とクライマックスに近ずいて手を軽く動かさない様に固定されて来た所で、もう物見遊山からはほど遠い気分に。
まな板の鯉状態である。
これから先は、もう何も抵抗できないんだなーと悟り。
もし戦時下の南の島で
麻酔もない極限状態だったらどうなるのかなどと思いながら、心臓がドキドキしてきた。手に脂汗がにじんできたのです。
委ねるしかない状況は
ジェットコースターに乗った時と同じである。
もし手前のロックが外れても自分の力では到底支えることができないし。中には両手を万歳している人も見かけるのだが、そういう人は素直人なのだろうとつい思ってしまいます。
何の手術か
鼠径ヘルニアいわゆる脱腸である。
局所麻酔なのでお医者さんと話をしながらの進行なのだが
今は腸の幕を切ってますよ。。
痛いですか?
痛いです。と言うと又麻酔の注射
暫くしてまた痛みが走り
また
痛いですと言うと
麻酔の注射
リアムタイムでの進行で
自分の体が内部から掻き回されてる見たいなのが麻酔をしていても何となくわかるのです、エンヤの音楽を聞きながら手術は進めれれて行くのです。
そばには絶えず看護師さんが痛くないですか~とか手をそっと握ってくれたりして正に地獄に仏。地獄に天使であります。
癒されるーとはこういう事かーなどと感心てしまう。
地獄に仏を体験出来た一日でした。
ゆう

ガラス玉と滝

ガラス玉と滝ガラス玉をジャンバーのポッケットに入れて

冬の川に行ってみました。

久しぶりの一人旅気分のまねごと、

この川には、かつて渓流釣りによく来た場所なのでどこにどんな岩や淵があるのか

歩くにしたがい記憶がよみがえってきます。

滝の正面に、透明のガラス玉を置いてみました。

不思議なのですが

ガラス玉に映った水は下から上に登るのです。

玉に映る景色は上下逆さまになるのですが

登り滝にはちょっとビックリしてしまった。

絵描きの卵さん

絵を描いている様子

僕がまだ高校の1年か2年生の頃、通信教育で絵の勉強をしていたときがありました。

課題が与えられて描いた絵を送り先生に添削してもらうのですが、熱心な先生でびっしりと赤

ペンで感想が書いてありたまに褒めてもらうと嬉しくなりいつも夢中に絵を描いていました。

清瀬市の東京病院にあったコンクリート製の給水塔や。秋津駅近くの秋津田んぼなどなど

今でもその当時の描いた場所は覚えているのですが。もうそこには近代的なマンションや

真新しい病院が出来てしまいもう記憶の中だけになってしまいました。

この写真は

今ちょうどお店を開いているいやしの里の見晴らし屋の玄関前で高校1年生の女性が

熱心に絵を描いている様子です。

当時の自分とだぶってしまいました。

本当は絵描きになりたかったなー。

 

蓼科コロシアム 搬入

白樺の葉っぱもまだまだみずみずしい蓼科ですが

小雨が降る中

長野県女神湖近くに建つ蓼科コロシアムホテルに搬入に行ってきました。

ホテルが出来て25周年とのこと、その当時ホテルのロビーに併設した

大きな空間のギャラリーは当時としてはかなりモダンだったのではと思います。

今は、古くなったホテルの内装及び外装工事が現在進行中ですが、7月11日はリニューアル

オープンであります。それに向けて工事関係者が忙しく仕事の真っ最中でした。

7月11日~7月29日まで

これまでのツパイ工房の作品を展示していますので

お近くに来るときがありましたら

是非ご覧下さい。

 

ホテル蓼科コロシアム ギャラリー